借金返済|貸金の消滅時効について

その他
原告
主張

主文

1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1 当事者の求めた裁判

1 控訴の趣旨
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人は,控訴人に対し,金106万6150円及び内金16万6721円に対する平成13年10月26日から支払済みまで年36パーセントの割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
2 控訴の趣旨に対する答弁
主文と同旨

第2 事案の概要

本件は,控訴人が被控訴人に対して,消費貸借契約に基づいて貸金残元金16万6721円及びこれに対する期限の利益喪失の日の翌日である昭和59年2月21日から支払済みまで利息制限法所定の制限利息の範囲内である年36パーセントの借金返済の損害金の残額の支払を求めたのに対し,被控訴人が請求原因事実を認めた上で,消滅時効を主張したところ,控訴人が時効援用権の放棄又は喪失を主張して争っている事案である。
原審は,被控訴人の消滅時効の主張を認めたうえ,控訴人の時効援用権の放棄又は喪失の主張を採用しないで,控訴人の請求を棄却したところ,控訴人が原判決の取消しを求めて控訴した。
1 当事者間に争いのない事実
(1) 控訴人は,昭和58年9月20日,被控訴人に対し,次のとおり金員を貸し渡した(以下「本件貸金」という。)。
(ア) 貸付金額 40万円
(イ) 利息 日歩15銭
(ウ) 遅延損害金 日歩15銭
(エ) 弁済方法 昭和58年10月20日より昭和61年9月19日まで毎月20日限り,利息及び元金分割返済金1万円を支払う。なお,元金は最終回に調整する。
(オ) 特約 上記分割返済金又は利息の支払いを1回でも怠った場合は催告を要さず当然に期限の利益を失い残元金と利息及び遅延損害金を一時に支払う。
(2) 被控訴人は,控訴人に対し,別紙「利息制限法計算」及び「計算書(利息制限法)」のとおり金員を支払った。
(3) 被控訴人は,昭和59年2月20日に支払うべき利息の支払を怠って,期限の利益を失った。
(4) 被控訴人が本件貸金債務の弁済を行った昭和61年7月31日の翌日から起算して5年が経過した。
(5) 被控訴人は,平成13年11月16日の原審第3回口頭弁論期日において,本件貸金について消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
2 争点 本件貸金債務の消滅時効の成否
(1) 被控訴人の主張
被控訴人が弁済した昭和61年7月31日の翌日から5年間が経過したので本件貸金債務は時効により消滅した(商法522条本文)。
(2) 控訴人の主張
ア 消滅時効の援用権の放棄
被控訴人は本件貸金債務の消滅時効の援用権を放棄した。
イ 消滅時効の援用権の喪失
被控訴人は信義則上,消滅時効の援用権を喪失した。
控訴人従業員であるAは,平成13年2月5日,被控訴人宅に電話し,本件貸金の内訳明細として元金と損害金を伝え,一括で支払ってもらいたいと請求したところ,同月27日,被控訴人は自らの判断で,5000円を控訴人小倉支店に持参して支払った。
控訴人は,債権額を偽ったことも,被控訴人の恐怖心につけこんだことも,通達に違反するような取立行為を行ったこともない。
その後も,控訴人と被控訴人は支払について交渉を行ったところ,同年7月10日,被控訴人は40万円なら払ってもいいと言った。
また,控訴人が福岡簡易裁判所(以下「福岡簡裁」という。)に本件貸金請求の訴えを提起し,福岡簡裁が調停に代わる決定をした後,被控訴人は控訴人に対し本件貸金債務の弁済として1万円を支払った。
上記のような被控訴人の態度から,控訴人は時効の援用はないものと信頼したのであるから,信義則の観点から被控訴人は時効援用権を喪失したというべきである。

第3 当裁判所の判断

1 事実経過
証拠(甲第6号証,当審におけるAの証言及び被控訴人本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば次の事実が認められる。
(1) 被控訴人の返済状況
被控訴人は,昭和61年7月31日まで支払期日に遅れながらもほぼ毎月本件貸金債務の返済を行っており,同日までの支払額は合計48万6498円であった。
被控訴人は,昭和61年ころ,刑事事件で約4年間身柄を拘束されたため,それ以降貸金の返済を行うことができなくなり,控訴人から郵送された督促状も転居先不明で届かなくなった(甲第3号証の1及び2)。
(2) 控訴人の債権回収
Aは,平成10年4月に控訴人に入社し,管理センターの配属となってから,長期未済となっている債権の回収も担当することになり,平成13年2月ころ,被控訴人に対する債権の管理を前任者から引き継いだ。
Aは,被控訴人の住民票をとり,同月2日,被控訴人の住所地に残元金24万5348円と損害金141万7375円の合計166万2723円を請求する旨の通知を出した。
Aは,同月5日,被控訴人方に電話をかけ,被控訴人に対し,「一括で支払ってくれ。」と催促したところ,被控訴人は,「それはできない。元金だけにしてくれないか。」と断ったので,Aは,「いくらかでも支払ってくれたら会社と話をする。」と言った。
被控訴人は,同月15日,Aに対し電話をかけて「一括では無理であり,分割も5000円か,せいぜい1万円ずつの支払しかできない。」との条件を提案した。
被控訴人は,そのころ,Aから「月末までにとにかく1回支払ってくれ。支払ってくれたら上司に話をする。」と言われたことから,同月27日,いくらかでも支払えば,Aが控訴人と交渉して元金のみの支払で済ましてもらえるのではないかと期待して,控訴人小倉支店に5000円を持参しこれを支払った(甲第4号証)。
Aは,同年3月30日,被控訴人方に電話をかけたところ,被控訴人から控訴人の口座番号を教えてほしいと言われたので,同番号を教えた。
被控訴人は,同年7月10日,Aに対し電話で,月々5000円の支払で40万円であれば支払える旨の条件を提案したが,Aは,同月12日,被控訴人に電話をし,「40万円では難しい,もっと支払えないか。」と申し向け,被控訴人の同提案に難色を示した。
しかし,その後,Aは,上司と相談して,40万円を月額5000円で支払えばその余の債務を免除する旨の和解書(乙第1号証)を作成し,被控訴人宅に送付することになり,これを送付したが,被控訴人は,返事をしないまま,上記和解書を紛失してしまった。
(3) 原審の状況
控訴人は,同年8月10日,被控訴人を被告として,福岡簡裁に対して本件貸金請求の訴えを提起した。
同年9月14日の原審第1回口頭弁論期日において,福岡簡裁は50万円の金額で和解を勧告したが,控訴人はこれに応じなかった。
福岡簡裁は,職権で民事調停に付し,同年10月11日,被控訴人が50万円を毎月1万円ずつ分割で支払えば控訴人はその余の債務を免除するとの内容の調停に代わる決定をした。
控訴人は,同月18日付けで,上記決定に対して異議を申し出た。
被控訴人は,同月25日,控訴人に対し,上記決定に基づき1万円を振り込んで支払った。
被控訴人は,そのころ福岡簡裁の担当裁判官から時効の成立を示唆され,同年11月16日の原審第3回口頭弁論期日において,本件貸金債務につき消滅時効の援用をした。
2 本件貸金債務の消滅時効の成否について
(1) 消滅時効の援用権の放棄について
控訴人は,被控訴人は本件貸金債務につき消滅時効の援用権を放棄した旨の主張をするが,上記1(3)の事実によれば,被控訴人が消滅時効の援用をするまでに消滅時効の完成を知っていたことは認められないのであるから,被控訴人が消滅時効の援用権を放棄することはあり得ないといわなければならない。
(2) 消滅時効の援用権の喪失について
ア 控訴人は,@被控訴人が平成13年2月27日に5000円を支払ったこと,A被控訴人が同年7月10日に40万円なら支払ってもいいと言ったこと,B被控訴人が福岡簡裁の調停に代わる決定に従い1万円を支払ったことによって,控訴人は被控訴人が消滅時効の援用をしないものと信頼したのであるから,信義則上,被控訴人は消滅時効の援用権を喪失したと主張する。
イ 時効の完成後,債務者が債務の承認をすることは,時効による債務消滅と相容れない行為であり,相手方においても債務者はもはや時効の援用をしない趣旨であると考えるから,その後においては債務者に時効の援用を認めないものと解するのが信義則に照らし相当であり,また,このように解しても永続した社会秩序の維持を目的とする時効制度の存在理由に反しないから,債務者が自己の負担する債務について消滅時効が完成した後に,債権者に対し債務を承認した場合,時効の援用が許されない(最高裁昭和41年4月20日大法廷判決・民集第20巻4号702頁参照)。
そこで,本件について検討するに,上記1の事実経過によると,被控訴人は,本件貸金債務につき消滅時効が完成した後である平成13年2月15日及び7月10日に本件貸金債務の支払額や支払方法についての条件を提案し,また,同年2月27日に控訴人小倉支店に5000円を持参してこれを支払っている。
しかしながら,上記被控訴人の各条件の提案は,控訴人がこの条件を受け入れることを前提として示されたものであると解すべきであるところ,控訴人はいずれの条件の提案についてもこれを受け入れていないのであるから,これをもって本件貸金債務を承認したものと解するのは困難であり,これを覆すに足りる事情も認めることはできない。
また,被控訴人は同年2月27日に控訴人に5000円を支払っているが,その支払の経緯やその支払が1回に留まっていること,支払額5000円が当時の本件貸金債務の元金,遅延損害金の合計額に占める割合が著しく小さいことなどを考慮すると,上記支払も本件貸金債務全体を支払う意思のもとに債務を承認したものと解するのは困難であり,これを覆すに足りる事情も認めることはできない。
さらに,被控訴人は,平成13年10月25日,福岡簡裁の調停に代わる決定に従い1万円を振り込んでいるが,上記決定も同月18日控訴人が異議を申し出たことにより失効しているのであり,控訴人の上記振込みも,上記決定が確定することを前提としてなされたものであるから,上記決定の確定と無関係に本件貸金債務の承認をしたものとみることはできない。
したがって,被控訴人による上記各条件の提案及び5000円又は1万円の各支払を債務の承認とみることはできないから,これらが債務の承認に該当することを前提として,被控訴人が消滅時効の援用権を喪失したものということはできない。
ウ ところで,控訴人の上記アの主張は,上記@ないしBの被控訴人の行為が債務の承認に当たるか否かにかかわらず,控訴人は上記@ないしBの被控訴人の行為により被控訴人が消滅時効の援用をしないものと信頼したのであるから,信義則上,被控訴人は消滅時効の援用権を喪失したと主張しているものとも解されるので,以下この点について検討する。
上記@ないしBの被控訴人の行為には,それぞれ上記イで指摘した事情が認められることに加え,本件は本件貸金債務の時効完成後における両者の支払交渉のなかでの出来事であり,控訴人側に時効中断など適法な権利行使をする手段はなかったのであるから,被控訴人が上記@ないしBの行為をしたことにより控訴人側に生じたという信頼の内容や程度には自ずと限界があったというべきであること,被控訴人が消滅時効の完成を知らないままに行動していることは明らかな状況であり,控訴人もそのことは十分認識できたこと,控訴人の担当者であるAは,本件貸金債務が消滅時効の期間を経過したことを知りながら被控訴人と交渉を行っており,一部弁済を求めたのも被控訴人からの消滅時効の主張を阻止するためであったと認めるのが相当であること,被控訴人が弁済をした昭和61年からAが今回本件貸金の請求をするようになるまで約16年も経過していることなどの事情を総合考慮すると,上記@ないしBの被控訴人の行為が,信義則上,被控訴人に消滅時効の援用権を喪失させる事情にあたるとまでいうことはできないというべきである。
(3) 上記のとおりであるから,本件貸金債務は,平成3年7月31日の経過をもって,時効により消滅したものと認めるのが相当である(商法522条本文)。
3 以上によると,控訴人の請求を棄却した原判決は相当であって,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし,民事訴訟法67条1項本文,61条を適用して,主文のとおり判決する。

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